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大阪地方裁判所 昭和39年(ヨ)1664号 判決 1966年2月14日

債権者 尾関稲

同 尾関弘

債務者 日本研磨材工業株式会社

右代表者代表取締役 八木冨士太郎

右訴訟代理人弁護士 阿部甚吉

太田忠義

滝井繁男

主文

本件仮処分申請を却下する。

訴訟費用は債権者らの負担とする。

事実

第一債権者らの主張

(一)  申立て

「一、債務者は、エルー式電気弧光炉により、

(1)  4A砥粒製造用電気炉において、電気炉平均電力七〇〇ないし八五〇KW、使用電極数四本、電極直径四〇六m/m(一六吋)の条件で白色熔融アルミナを製造してはならない。

(2)  2A砥粒製造用タッピング式電気炉において、電気炉平均電力八五〇ないし一〇五〇KW、使用電極数四本、電極直径四五七m/m(一八吋)の条件で褐色熔融アルミナを製造してはならない。

二、債務者は、同人肩書地に設置せる(イ)4A砥粒製造用電気炉(通称「ホワイト炉」設備番号三号炉)一基、(ロ)2A砥粒製造用タッピング式電気炉(通称「Aタッピング炉)設備番号一号炉一基、同二号炉一基を使用してはならない。

三、債務者は前項と同様の設備を他の場所に設置してはならない。

四、債務者は電気炉炉殻本体および電極装置を、エルー式電気炉においては特許出願公告昭三七―三三三七の特許の請求範囲以外の適用電力、電極直径、電極本数の設備条件で使用を為さなければならない。

五、右第二項の三号炉より製造した「ホワイトインゴット」に対する債務者の占有を解き、債権者らの委任する大阪地方裁判所執行吏にこれが保管を命ずる。執行吏は右命令の趣旨を公示するため、適当な方法をとらなければならない。

との判決」。

(二)  申請理由

一、債権者らは左記特許の出願をなした権利者である。

イ 特許出願公告番号 昭三七―三三三七

ロ 登録年月日 昭和三八年一一月一八日

ハ 公告年月日 昭和三七年六月一日

ニ 出願年月日 昭和三四年三月三〇日

ホ 発明の名称 白色乃至褐色熔融アルミナの製造法

ヘ 特許請求の範囲

「エルー式電気弧光炉によりアルミナ質原料を熔融して白色乃至褐色熔融アルミナ質研削材を製造するに当り、式W=W/nπr2〔但しwは電極平均電力(KW/cm2)Wは電気炉平均電力(KW)、nは使用電極数で二乃至四の整数、rは電極の半径で2rが三五、五cm乃至七一、一cm〕のWの価を〇、二五乃至〇、〇四KW/cm2に制御することを特徴とする白色乃至褐色熔融アルミナの製造法」

二、しかるに、債務者は、

(イ) エルー式電気弧光炉である4A砥粒製造用電気炉(通称「ホワイト炉」、設備番号三号炉)一基を肩書工場に設置し電極直径四〇、六cm、使用電極数四本、電気炉平均電力七〇〇ないし八五〇KW、電極平均電力〇、一三五ないし〇、一六四KW/cm2の条件で白色アルミナの製造販売をなし、また、

(ロ) 同2A砥粒製造用タッピング式電気炉(通称「Aタッピング炉」)設備番号一号炉、同二号炉各一基を同所に設置し、電極直径四五、七cm、使用電極数四本、電気炉平均電力八五〇ないし一〇五〇KW、電極平均電力〇、一三〇ないし〇、一六〇KW/cm2の条件で褐色アルミナの製造販売をしている。

三、債務者の右操業方法は前記特許(以下本件特許という)の請求範囲に属するから、本件特許に対する債権者らの権利を侵害するものである。そこで債権者らは債務者に対しその旨警告を発した。ところが債務者は依然として前記操業を続けているので、債権者らは、債務者を相手方として特許権侵害の排除ならびに損害賠償請求の訴えを提起すべく準備中であるが、その判決確定をまっていては、回復することのできない損害を蒙るので、申請の趣旨記載のとおりの仮処分を求めるため本申請に及んだ。

(三)  債務者の主張に対する反論

一、本件特許発明が公知であるとの債務者主張について。

エルー式電気弧光炉によりアルミナ質原料を熔融して白色ないし褐色熔融アルミナ質研削材を製造する場合、電力密度が電炉還元性と関係があるとの認識が本件特許発明の要諦である。ところが、本件特許出願の際には何人もそれについての観念はなく、その萠芽さえ見られなかったのである。

債務者主張の工場見学、技術公開時代は研削材事業の創業、揺籃時代であり、そのうえ原材料の選択使用が不自由で、加うるに品質悪化の悪条件が重畳し、現今における二A砥粒、四A砥粒そのものを作りえず、進路を探し求めて彷徨していた暗中摸索時代であった。

普通電気炉は常識としては人造黒鉛電極を使用することを標準とし、次のように文献に書かれている。

電極直径(吋) 変圧器容量(KVA)

七   九〇〇―一、五〇〇

八 一、二〇〇―二、一〇〇

九 一、八〇〇―二、八〇〇

電極の安全電流を対照として電流密度を大きくし、電極を原料中に埋入して操炉するのが常識であった。したがって電力密度が必然的に大きくなっていたのである。アルミナ系砥粒製造会社は日本に現在三社ある。そのうち昭和電工はジロー型を採用しているので無関係であり、エルー式を採用している日本カーリット株式会社では昭和三三年当時四基の炉の設備を有し次の操炉条件を採用していた。

変圧器 適用電力 電極直径 本数 電力密度 基数

一〇〇〇KVA 八〇〇KW 一六吋 二 〇、三一KW/cm 三

一〇〇〇  八〇〇  一四  三  〇、二六   一

従って、右電力密度は本件特許請求の範囲外であった。債務者はエルー式タッピング炉について自社以外のものをみたことはなく、生立ちのままで今日に至り、上熱下冷の加熱状態の正常なる電炉操作では攪拌、対流は殆んど生起しないとの債権者尾関稲の説に対し、電炉内に起る突沸を誤解して攪拌対流現象が生起するとの説すら述べていたのである。したがって、本発明の電力傾度の観念は全くなく、他にこれを説明した文献も存在しなかったのである。

二、債務者主張の先使用について。

債務者が、肩書工場で本件特許出願前から申請理由二記載の操炉条件で白色および褐色熔融アルミナの製造をしている(債権者尾関稲は以上の事実を認めると述べた)としても、債務者は、本件特許発明の要諦である電力密度と電炉還元性との関係についての認識、電気傾度についての観念なく、債務者が実施していた電気密度の条件が最適である理由を全く理解していないのである。したがって、債務者が本件特許出願前右操炉条件で操業していた事実は先使用に値しないものである。

第二、債務者の主張

(一)  申立て。

主文同旨の判決

(二)  申請理由に対する答弁

債務者ら主張事実一、二は認めるが、同三は争う。

(三)  抗弁

一、本件特許の請求範囲に規定している諸条件はいずれもその出願当時公知で常識化されていた。

(イ) 電極数が二ないし四の整数であることについて。

エルー式電炉は単相と三相に大別され、単相の場合は二本ないしその整数倍、三相の場合は三本ないしその整数倍が常識である。ところが電気炉内の電極配置は、平衡を保ち得るようにしないと局部過熱を生じ、良質の製品を得ことができないので、電極相互間の平衡保持は不可欠の要素である。しかしながら、電極間の平衡保持は電極の数が多くなると技術的に困難であること、および原料配合の余地を要するため、電極数には限度があり、実際上工業的に使用しうる電極数は二本ないし四本であることは古くから顕著な事実として知られているところであって、当事者間で一般に行われているエルー式電炉の電極数も二本ないし四本である。

(ロ) 電極の直径が三五、五cmないし七一、一cmであることについて。

この範囲は現に市販されている電極の大半を占めているのみならず、現在一般工業的に設備されている電弧炉の大きさを前提とすれば、必然的に電極の直径も限定されるのであって、右特許請求の範囲に記載された直径の範囲内のものを用いる操炉条件も当事者間の常識の域を出ていない。

(ハ) 電極平均電力が〇、二五ないし〇、〇四KW/cm2であることについて。

この最大値および最小値もまた実施可能な最良の条件として経験的に常識化されている。

以上の諸条件は第二次世界大戦後占領軍が公表した文書(P.B.Report)にも認められ、右文書は昭和二八年七月にはわが国にも公開された。

そこで債務者は本件特許につき無効審判を申し立てている。

二、本件特許は、真実の発明者でない債権者尾関弘を「発明者」として賦与されたものであるから無効である。

本件特許の出願人である債権者尾関稲は昭和五年五月債務者の前身である合資会社日本高級炉材製造所に入社し、債務者会社設立前から熔融アルミナ質製造の研究をつづけていた同初代社長斉藤八郎、竹ノ内孫十郎等の下にあって、昭和一三年七月には研究主任、昭和一七年五月には工務課長兼研究課長、昭和一九年六月には工務部次長、昭和二一年一二月には取締役工務部長、昭和三〇年九月には製造技術担当の常務取締役となり、その間熔融アルミナ質製造技術の研究を担当してきたものである。

ところが、債権者尾関稲は、昭和三一年ごろから極秘裡に、すでに債務者会社で業務上知りえた知識をもって別会社を設立せんとの画策を立てていることを察知され、昭和三三年一月債務者から退職を求められて同日退社した。

このような事情で債権者尾関稲は債務者の熔融アルミナ製造技術については余すところなく熟知しているので、債務者会社で得た知識をもとに本件特許請求範囲を構成したものと推測される。その息子である債権者弘は、同志社大学工学部を本件特許出願の月と同じ月の昭和三四年三月に卒業したのであるが、同人の卒業論文は「可塑性見地より見たる天草陶石及泉山陶石の鉱物組成について」というのであり、熔融アルミナの製造法には全く無縁のものであって、本件特許の発明者とは到底信ぜられない。

三、債務者は、債権者が申請理由二において主張している操炉条件について、先使用権による通常実施権を有する。

債務者会社は、本件特許出願にかかる発明者尾関弘の発明の内容を知らないで、特許出願の際、債務者肩書工場において本件特許発明の請求範囲に属する操炉条件で褐色および白色アルミナの製造をしていた。

(イ) 使用変圧器について。

債務者は、褐色アルミナの製造につき、一号炉において、昭和九年四月頃から五五〇KVAの変圧器を、二号炉において昭和一三年九月頃から一一〇〇KVAの変圧器を使用しており、白色アルミナの製造につき、三号炉において、昭和一五年一一月頃から一一〇〇KVAの変圧器を使用し現在に至っている。

変圧器をその負荷電力の許容量一杯に使用することは変圧器の寿命を縮め、また許容量より余りに低い電力を使用することは不経済であるのみならず、力率がわるくなるので、技術家の常識から言えば、許容量の八割ないし九割前后の電力を負荷させるのが適切な使用方法とされている。したがって、債務者は前記変圧器を設置するに際し、研磨材の需要、生産率、稼働率につき十分なる検討を加えたうえ、使用電力を頭に置いて前記容量の容量をもつ変圧器を選択したのであって、右容量の変圧器を選択使用しているとの事実は、まさにその際容量の八、九割前后の平均電力の使用を考えていたことを推認せしめるものである。

(ロ) 平均電力について。

債務者は受電日誌に、一時間毎に購買電力の電圧と電流力率、そして変圧後の電流と電圧とを計器により読みとって記載し、一回毎の操炉時間、電力量および平均電力を記入している。昭和三三年一月一八日の二号炉の受電日誌により一例を説明すれば、同日の一一時に前日からの操業が終り、引き続き次の操業を開始したことになっている。同日の一二時の購買電力(一次側)の電圧は三四〇〇V、電流は三四〇A、力率は九四%である。従って電力は3400V×340A×0.94×10-3=1.085KVAとなる。これを変圧器で低圧、高電流にして八〇V、一一〇〇Vの状態で使用したことが明らかにされている。そして以後一三時、一四時と一時間毎の一次側の電圧と電流と力率電力および二次側の電流電圧を記入していき、操業終了後時間数および電力量と平均電力を記入するのである。

電流は、電極を上、下して、すなわち、電気の通りがわるくなると電極を下げ、多く通りすぎると電極を上げることにより調節する仕組になっている。従業員は予め平均電力について指示を受け、各電極毎に電流計と電圧計をみてその時の使用電力量を知り、あるいは電圧変換機を操作して電圧を変え、電極を上、下して電流を変えるのである。

本件特許請求には電流と電圧についてなんら触れるところがない。しかし、電力は電流と電圧の相乗積であるから、平均電力を固定しても、電圧と電流を変えれば殆んど無数の操炉条件が考えられる。実際には電流にも電圧にもそれぞれ巾があり、ここに良質の製品を作る秘訣があり、このことは操炉技術者の常識に属する。すなわち、電力と電極の断面積和の比率である電力密度だけではなく、これと共に電流と電極の断面積和の比率たる電流密度を考察することが肝心であり、このことなくして良質の製品を作ることはできないのである。債務者は長年の経験に基づき的確な判断のもとに適正な電圧と電流で操作しているのである。

(ハ) 使用電極数とその直径について、

債務者は、褐色熔融アルミナについては昭和八年以来、白色熔融アルミナについては昭和一五年以来四本の電極を使用している。電極の直径は、褐色アルミナについては、創業以来一八吋(四五、七cm)、白色アルミナについては、当初は一二吋であったが、昭和二五年から一六吋(四〇、六cm)のものを使用している。

(ニ) 債権者ら主張の「電力傾度」について。

電力傾度とは、炉内の温度の最高点と最低点との温度差の傾斜を意味するものであって、この点に関する債権者の主張は、温度差を可及的に少くすることが均一良質の製品を得られるということに帰し、操炉技術上の常識に属することである。電極直下は外周に比し高温となるから、炉内の温度を均一にするには、電極の断面積を広くすることも考えられる。そのためには電極の本数を多くし、直径の大きいのを選べばよい。しかし電極を太くし、本数を多くすることは工業的に制約があるのみならず、電力密度を余り低くすれば電極が熔湯に固着し、熱効率も悪くなり、経済的な生産ができなくなる。債務者はこれらの考察の上に実験と研究を重ね操炉条件を確立したものである。そして債務者が白色アルミナについて電極直径を一二吋から一六吋に変更したのは、電極断面積和を可及的に大きくするためであったのである。

第三、疎明関係≪省略≫

理由

一、債権者尾関稲、同弘の両名が、昭和三四年三月三〇日特許庁に対し本件特許白色ないし褐色熔融アルミナの製造方法につき出願をなし、昭和三七年六月一日公告を経て(昭三七―三三三七)、登録を受けたこと、右特許の請求範囲に、

「エルー式電気弧光炉によりアルミナ質原料を熔融して白色ないし褐色熔融アルミナ質研削材を製造するに当り、

W=W/nπr2

但しWは電極平均電力(KW/cm2)Wは電気炉平均電力(KW)、nは使用電極数で二ないし四の整数、rは電極の半径で2rが三五、五cmないし七一、一cmのWの価を〇、二五ないし〇、〇四KW/cm2に制御することを特徴とする白色ないし褐色熔融アルミナの製造法」と記載してあること、債務者が(イ)エルー式電気弧光炉である4A砥粒製造用電気炉(通称「ホワイト炉」、設備番号三号炉)一基を設置し、電極直径四〇、六cm使用電極数四本、電気炉平均電力七〇〇ないし八五〇KW、電極平均電力〇、一三五ないし〇、一六四KW/cm2の条件で白色アルミナの製造販売をなし、(ロ)同2A砥粒製造用タッピング式電気炉(通称「Aタッピング炉」設備番号一号炉、同二号炉各一基を設備し、電極直径四五、七cm、使用電極数四本、電気炉平均電力八五〇ないし一〇五〇KW、電極平均電力〇、一三〇ないし〇、一六〇KW/cm2の条件で褐色アルミナの製造販売をしていることは、いずれも当事者間に争いがないところである。

二、本件特許発明の要請あるいは骨子について

(1)  成立につき争いのない疎甲第一号証(本件特許公報)の「発明の詳細なる説明」を要約すると次のとおりである。

(一)  エルー式電気弧光炉により、ボーキサイトあるいはアルミナを原料として、コークス鉄屑等により還元精製してアルミナ砥粒を製造する場合、電極直下の最高熱部と電極からの最遠隔点の最低熱部についてみると、アルミナの熔融点が二〇〇〇度以上であるために、熔湯は粘性が大で殆んど対流現象が生起せず、湯が時間の経過とともに層状に積上げられてゆくに過ぎない。したがって、電力直下のエネルギーの伝播、均等化等が行われない。しかし、電極からの最遠隔点においても、所定の成分にまで到達するよう充分に温度を保持し還元反応を完了させなければならない。ところが、その部分において良質の湯を得る時間内に、電極直下においては、反応適正点を通過して過還元となり、一部のアルミナ、シリカは一部Al・Siとなって揮発し、一部のAl・Si・Tiは湯の中に残溜する。したがって、電極からの最遠隔点の還元反応を電極直下と殆んど同程度にするために、炭素を余計に配合して還元不充分にならないようにし、かつ、生成した金属を取るために鉄屑をそれだけ多量に使用すると、それだけ電力消費量も大となり、そのうえ電極直下の過熱によりクラストを生じ、小ブローイングを生起し、電力の消費量も大となる。その結果は、全体として過還元であるのに、還元不充分な黒色粗鬆部を包蔵した不均一な品質のインゴットが生成されることになる。

(二)  問題は、よい製品をつくるために、いかにして電極直下とこれから最遠隔部との間の温度差(債権者らはこれを電力傾度と呼んでいる)を小にし、湯の溶融面に比較的平均した電力分布を行うよう操業するかということである。

(三)  従来、電極の直径は、使用する電気炉の電気容量や原料などに応じて標準ができている。市販されているソリット電極の直径は七一、一cmが最大であり、熔融アルミナの場合、電気容量は七〇〇ないし一一〇〇KVA、電圧は九〇Vないし一一〇Vであるから、使用しうる電極直径の最大は七一、一cmに自ら限定される。電気弧光炉では放熱損失を少くし、熱効率をよくするため、比較的高い電圧、を使用し、電極の電流密度を大きくして、できる限り電極を原料層に埋入して操業し、電極と熔融面との間隔、弧光による電圧降下を大とならざるよう操業するのが常識である。エルー式電弧炉は単相と三相に大別される(単相の場合は二本ないしその整数倍であり、三相の場合は三本ないしその整数倍の電極が使用せられる)。単相では一般に直径三五、五cmないし四〇、六cmの電極が使用せられ、従来の電力密度は〇、三ないし〇、五KW/cm2の範囲で操業せられていたのである。使用電極の直径は、大きくなるに従い回路の断面積が増大するので、低電圧、大電流となり電気設備も複雑となり融体回路内の電圧降下も増大し、操炉技術が困難となるが、操炉技術を修得すれば過還元による電力損失は減少するから、かえって熔融性がよい。電極の使用本数は、原料操入の余地を残して直径の小さい電極を数多く使用するのが理想的のようであるが、実際問題としては、数が多くなる程電極相互間の平衡を保持することが困難となり、操炉が乱調となって、均質、良好な製品が得られない。基本数としては前記のごとく二本(単相)と三本(三相)で、それぞれその基本数の倍数をもって増加することが行われていたが、六本は通電状態を互に平衡を保持しつつ操炉することが困難であるところから、一般には二本の倍数を使用される。そして、電極直径七一、一cm、電極数四本、電力密度〇、〇三八五KW/cm2で操業した結果は、熱度不足で還元不充分、すなわち、生煮えとなり、良好な製品が得られなかったので、電力密度の最小限は〇、〇四KW/cm2であるということになる。

(四)  本件特許発明者は、以上の諸事実から、電極直径(2r)は市販の三五、五cmないし七一、一cm、、電極数(n)は公知の二ないし四の整数を使用する前提のもとに、収率よく、しかも強度の強い研削用砥粒をうるためには、結局、電極平均電力(W)すなわち、電極の単位面積(一平方cm)に流れる平均電力(電力密度ともいう)を〇、二五ないし〇、〇四KW/cm2の範囲内に制御することが肝心であり、その他の諸条件は、電極平均電力が、変圧器を通じて電気炉に送られる平均電力、すなわち、電気炉平均電力(W)を電極の総断面積(nπr2)で除したものであるとの関係w=W/nπr2を考えて選択決定すればよいということを発明した。

(2)  以上の事実によると、本件特許発明は、エルー式電気弧光炉によりアルミナ質原料を熔融して白色ないし褐色熔融アルミナ質研削材を製造する方法において、結局電力密度を〇、二五ないし〇、〇四KW/cm2に制御する点に新規性があるのであって、その他の諸条件、例えば、適用電力の電圧、電流をどのように決定して操業するか、電極数、電極の直径につきどのようなものを使用するかなどは、施業にあたり、個々の場合につき工夫を要するところであるが、それは実施上の秘訣ともいうべきものであって、本件特許発明の技術範囲を決定するものではなく、本件特許発明の「詳細な説明」に記載された実施例は、そのとおり、単なる実施例を記載したものに過ぎないと解せられる。

三、そこで、前記本件特許の請求の範囲の記載に基づき、右認定の趣旨に帰着する本件特許の「発明の詳細なる説明」中の記載を綜合して考えると、本件特許の技術範囲は、右「特許請求の範囲」の記載のとおりであると認めるべきである。

四、そうすると、債務者が現に前記4Aおよび2Aの電気炉を使用し、白色および褐色アルミナの製造をしている方法中前記電極平均電力、電気炉平均電力、使用電極数、電極の半径等の諸条件は、いずれも本件特許の技術範囲に属するものと一応認められる。

五、債務者は、本件特許発明は公知公用の方法を内容とするものであるばかりでなく、発明者でない債権者尾関弘(債権者尾関稲の子)をその「発明者」なりとして特許出願をなし、特許の賦与を受けて登録されたものであって、本件特許は無効であると主張し、前顕疎甲第一号証によると、尾関弘が発明者として本件特許の出願がなされた事実が認められるけれども、本件特許は、特許庁において実質的審査を経て適法に公告ならびに登録手続がなされたものである以上、かりに右特許出願に無効事由が存在するとしても、審判により登録を無効としたうえでなければ、侵害訴訟において特許の無効を主張することは許されないと解するのが相当であるから、債務者の右主張は採用することができない。

六、そこで、債務者主張の先使用の抗弁について判断を進める。先使用による通常実施権を有するためには、特許出願にかかる発明の内容を知らないで自らその発明をし、又は特許出願にかかる発明の内容を知らないでその発明をした者から知得して、特許出願の際現に日本国においてその発明の実施である事業をしている者又はその事業の準備をしていたことが必要である(特許法七九条)。すなわち、

(1)  特許の対象である発明と先使用として実施していた発明思想とが本質的に同一であること

(2)  先使用者の発明は既に実施されていたか、実施の事業の準備をしていたこと(実施の意義については特許法二条三項参照)

(3)  先使用は国内において行われていたこと

(4)  先使用は特許出願の際になされていたこと

(5)  先使用者は特許出願にかかる発明の内容を知らないで自らその発明をしたものであるか、特許出願にかかる発明の内容を知らないで自ら発明をした者から知得したものであること

等の要件を具えることが必要である。そして、右(2)の要件の先使用者が発明の事業を実施し、またはその準備をしていたというためには、その発明がその際既にまとまったものとして完成していたこと、先使用者は右発明思想、殊に課題解決の手段を構成する外部的因果関係を経験的に把握し、右発明思想に対し事実的に支配可能の状態にあったことが必要であると解すべきである。しかしながら、右外部的因果関係を学理的に理解していることまで要求されるものではない。後者は学問の世界に属する。

ところで、債務者が本件特許出願の際、肩書工場において既に4A砥粒製造用電気炉一基を設置し、電極直径四〇、六cm使用電極数四本、電気炉平均電力七〇〇ないし八五〇KW、電極平均電力〇、一三五ないし〇、一六四KW/cm2の条件で白色アルミナの製造販売をなし、また、2A砥粒製造用タッピング式電気炉二基を設置し、電極直径四五、七cm、使用電極数四本、電気炉平均電力八五〇ないし一〇五〇KW、電極平均電力〇、一三〇ないし〇、一六〇KW/cm2の条件で褐色アルミナの製造販売をなしていたことは債権者尾関稲と債務者間においては争いなく、債権者尾関弘と債務者間においては、≪証拠省略≫によりこれを認めることができる。

右の事実に、≪証拠省略≫を綜合すると、債務者は、本件特許出願の際、本件特許発明者とされている尾関弘の発明を知らず、これとは関係なく、自ら本件特許の技術範囲に属する前記債務者実施の諸条件による発明思想を経験的に把握し、これを同会社の操炉条件として国内において実施していた事実が一応疎明されるから、債務者は、同会社が実施していた前記操炉条件について、本件特許に対し先使用による通常実施権を有するものといわなければならない。

債権者らは、債務者は本件特許発明の要諦である電力密度と電炉還元性との関係あるいは電力傾度についての認識なく、特許請求の範囲に記載の電力密度の範囲が最適のものである理由を理解していないから、同人にたまたま特許請求の範囲の操炉条件を実施していた事実があってもこれは先使用に当らない旨主張する。しかし、右の主張は畢竟、先使用が成立するためには、技術思想を経験的に把握してこれを実施していただけでは足らず、それが最適である学問的根拠まで理解していることが必要である旨の主張に帰すと解せられ、その不当であることは前に説示したところである。したがって、債権者らの右主張は、主張自体採用することができない。

七、叙上説示のとおり、本件における疎明関係のもとにおいては、債権者らの債務者に対する本件仮処分申請は結局被保全請求権を欠くものというべく、しかも保証をもってその疎明に代えることも適当とは認められないから、その必要性について判断するまでもなく理由がないものとして却下することとし、訴訟費用の負担について民訴第八九条、第九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大江健次郎 裁判官 西内辰樹 佐藤貞二)

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